第二の人生を楽しむためのプラスな生き方を考える

五十代後半になり、そろそろリタイアのことも考えないといけない歳です。リタイア後の人生をより楽しくするプラスな生き方を考える

小説を読もう「半落ち 横山秀夫」の言葉表現

小説が好きで、表現をの仕方まとめただけの資料です。

茶柱が立った。
ゲンを担ぐほうではないが、無論、悪い気はしなかった。神棚のわきの壁時計は五時四十分を指している。まもなくだ。夜明けと同時に、懐に逮捕状を呑んだ強盗犯捜査一係が『小森マンション』508号室に踏み込む。

焦れったい。地球の自転とはこれほどのろいものだったか。
志木は煙草に火をつけた。上方に勢いよく紫煙を吐き出す。

ベルが静寂を蹴破った。直通ーー。
志木は腹から息を吐き出し、受話器を取り上げた。

噂に違(たが)わぬ保身男だ。言うことも一々神経に障る。死体を担いだこともない余所者(よそもの)のキャリア部長に、刑事課までひっくるめて「ウチ」呼ばわりされるたび、こめかみが疼(うず)く。

書類の隙間から、顔写真がするりと滑って床に落ちた。優しげな面立ち。小動物のそれを連想させる両眼が、その場に立ち尽くした志木を見つめていた。

梶は姿勢を正し、ややあって口を開いた。

「昼間、二人で墓参りに行きました。啓子は墓を掃き清め、墓石をせっせと洗い、長いこと手を合わせていました。生きていれば成人式だったね。写真を撮ってあげたかったなぁ。涙を浮かべてそんなことを言っていました。ところがー」
梶は言葉を止めて宙を見た。網膜にはその後の光景が映っているに違いなかった。
志木は黙って待った。
梶の乾いた唇が動いた。

ドアが蹴破られたのではないかと思った。けたたましい音とともに栗田が部屋に飛び込んできた。

志木は後部座席に腰を滑り込ませながら、出せ、と土倉に命じた。

一拍置いて、志木は言った。

志木は椅子を引いて梶との距離を詰めた。
「あなたは最近、新歌舞伎町に行きましたか」
梶が息を呑んだのがわかった。
「行ったんですね?」
「……」

志木は椅子に腰を落とした。怒りの回路がうまく繋がらず、脳がショートしているような気がした。

梶は瞬きを重ねた。志木の質問の真意を測りかねている顔だった。

梶は椅子から転がるように下り、床に両手をついた。
「お願いします。やめて下さい。本当のことを言います」

ーなめた真似しやがって。
佐瀬は自白調書にペン先を突きたてた。

佐瀬は額に指を強く押し当てた。チリチリとした痛みは頭蓋全体に広がっていた。

梶は目を見開き、そして、一切の感情を閉ざすかのように、その両眼を固く閉じた。

全身をわなわなと震えさせるその看守の姿は、W県警二千三百人を代表しているかのように見えた。

佐瀬はぎょっとして入室の足を止めた。
W県警の伊予警務部長だ。
「やっ、佐瀬検事、この度はお手数をお掛けして誠に申し訳ありません。この通りです」
伊予は座ったまま、明後日の方向に頭を垂れた。

その時、ドアが細く開き、男の顔が中に突っ込まれた。人形顔の栗田だった。唇に人さし指を立てている。
真っ青な顔だ。押し殺した声。
「記者が……こっちに記者がいます」

ー捏造した供述……?
驚きは、数秒あとから迫ってきた。

「地検が怒っているようですね?」
岩村の瞳が微かに揺れた。

岩村の瞳がまた揺れた。
「初耳だな」
「ですが……」
「なあ、中尾君」
岩村の声が被った。
「もう梶のことは放っておいてやれ」

二階の警務課には、久本課長以下、薄気味悪い作り笑顔が並んでいた。先ほど脅しめいた視線を送って寄越した笹岡調査官までもが、仮面のような笑みを張りつけている。

用意していたとも思えぬ稚拙な言い訳だった。

「そんなことは言っとらん!」
伊予は突如沸騰し、巨体を前のめりにして中尾を睨み付けた。

「東洋新聞の阿久津は俺のT大の後輩だ」
床を蹴りつけるようにして席を立った。

ー馬鹿野郎! そんなもんが脅しになるか!
胸の中に怒鳴り声を響かせた時、懐の携帯が震えた。勢い、きつい声で出た。
《おい、なにカリカリしてるんだ?》
電話の相手は東京本社の宮内だった。
「すみません。ふざけた奴がいて」

「県警は捏造した調書を送ってきた。そうですね?」
桑島が椅子を弾いて立ち上がった。
「ま、まさか、お前……」
見開いた目が、すぐさま怒りの色に染まった。

夫は絶対に不倫している。めいっぱい慰謝料をふんだくってやる。速射砲の合間を縫って質問を挟んでみるが、まともな答えは返ってこない。

「警部の ー 梶警部の行為はやむをえなかったと?」
康子は曖昧に頷いた。

《ああ、ゴメンゴメン。いやさ、おふくろが寝込んでしまったんで、一応連絡だけしとこうと思ってさ》
心臓が一つ、強く打った。
「どこか悪いのか」

布団の中で、上村は身を捩(よじ)った。

視界の先には、寒風に砂埃を巻き上げる焦げ茶色の畑がどこまでも広がっていた。

植村は玄関を入ってすぐ左手の小窓を指の節で叩いた。

植村は両手でメガホンを作り、暗紫色の耳に近づけた。
「梶昭介さんだね?」

梶聡一郎は、拘置所の戒護職員二人に挟まれ、やや俯き加減に座っていた。顔はよく見えないが、色の白い首筋とサンダル履きの足元が寒々とした印象を与える。

藤林は瞬きを止めて梶の顔を見つめた。
無垢な瞳だった。それは穏やかな表情に自然な形で溶け込んでいた。

藤林は目線を上げた。傍聴席後方の扉が細く開き、痩身の男が入ってきた。

佐瀬はぶっきらぼうに答えた。辻内の思惑など最初からお見通しといった顔だ。
辻内は作り笑いを横にずらした。
「植村さん、そちらは? 頑張れば最終弁論までやれますか」

辻内の顔は真っ赤だった。
「あなたはそれでも裁判官ですか」
藤林は、揃えた膝頭を辻内に向けた。
「しかし、彼らが嘘をついていることは明らかです。部長だって気づいてらっしゃるんじゃないですか」

言い過ぎた。言い足りなかった。二つの思いがせめぎ合っている。

目瞬(まばた)きすら忘れて聞き入った。

古賀の胸は微(かす)かに波立った。忠実な部下だと信じていたが、そうではなかったと最近になって思い知らされた。